トージバ・大豆レボリューション
今NPOがやっていることは、かつての寺の仕事だった
今年の大豆レボリューションでは、初めて横浜のあるお寺が参加するという。お寺の中に畑があって、人が集い、農作業し、交流が生まれていく――。想像するだけでも、何か面白い化学反応が起きそうで、期待にワクワクする。
「今、多くのNPOや僕たちがやっていることは、元々寺がやっていたことだと思うんです。祭もそうだし、市もそう、駆け込み寺とか、悩みの相談だってやっていた。本当は、布施をもらっているところなのだから、それだけのものを地域社会に返さなくてはいけないはずなんですよ。僕たちは新しい寺のカタをつくりたいんです。寺だからできる場づくりのカタを」(渡邉さん)
日本における寺の数は、コンビニの数よりも多いという。もし、日本中の寺が、大豆レボリューションの畑で起きているような、人と人、人と自然との濃密な交流の場として生まれ変わったら……。それは、まさにレボリューション、革命になるかもしれない。
後日、トージバも立ち上げに参加した「東京朝市 アースデイマーケット」に行ってみた。そこで、大豆レボリューションのテイケイ農家である「みやもと山」の斉藤實さんに話しを聞いた。斉藤さんの農地では、地大豆の栽培のほかに、合鴨農法による有機無農薬のお米、平飼いでにわとり、様々な加工食品をつくっている。
「こうやって、自分たちの作物が飛ぶように売れていくのはうれしいですよ。ここで出会って、畑にも来てくれたり、お客さんになってくれたり。大豆レボリューションをやるようになって、周りの農家さんにも影響がでている。若者がたくさん来る大豆畑の隣の畑の農家さんは、『これウチでつくった野菜。無農薬だから食べなよ』って持ってきてくれたりね。今日売っている水菜もそこのおばあちゃんがつくったやつですよ。まさに投石の波紋が、だんだんに回りに伝わっていくように、変わっていっています」(斉藤さん)
大豆づくりの作業には、大豆レボリューションの参加者と「大豆トラスト」からの参加者、あわせて50名ぐらいが、参加するという。
「農作業は一時間ぐらいでおわっちゃって、その後は宴会ですよ。だからウチは、『援農』ではなく『宴農』で知られてるんだ(笑)」
出店の中からは、「おいしいですよー」と元気な売り子の声がこだまする。みやもと山の出店からも、トージバの渡邉さん、ハッタさんが経営する会社『一粒合同会社』のブースからも、とにかく笑い声がたえないし、顔が輝いている。ここで働いているスタッフはほとんどが、ボランティア。大豆レボリューションに参加したり、実際にみやもと山に行って感銘を受けてはじめた人たちだ。食べておいしかったから、農園に行って素晴らしかったから、つくっている人の気持ちがよく分かっているから、だから「本当に心からオススメできる」、「いや、したいんだ!」。これ以上に強力な売り子さんがいるだろうか。
持続可能な社会のために。言葉でいうとなんだか堅苦しいが、農園で、朝市の場で、そこに集う人々のその充実した顔つきを見れば、これが次にくるべき世界だと共感できるのではないだろうか。「場」の当事者になること。トージバはその窓口を開き続けている。
渡邉尚 わたなべ・たかし
1973年東京生まれ。「特定非営利活動法人トージバ」代表理事。ハッタケンタロー氏と「一粒合同会社」を立ち上げ、地大豆や小麦、乾物販売も営む。高校時代は、全国大会ベスト16位のラガーマン。大学卒業後6年の会社勤務を経て、日本福祉大学の研究員制度にて「都市と農村交流事業」を研究後、独立。
ハッタケンタロー
1969年 京浜工業地帯生まれ。「エコアクションをメジャーゲームに! ムーブメントをデザインする」をコンセプトに、日々、様々なアクティビスト、クリエイターなどとコラボレーションしながら、ソーシャルイベントの発案・企画・実施計画・デザイン・運営など行っている。主な仕事として、地域通貨アースデイマネー(2002~現在)、打ち水大作戦(2003-現在)、東京油田開発『天ぷら油リサイクル大作戦』(2006、2007)、東京朝市アースデイマーケット(2006から現在)、種まき大作戦(2007-現在)、グリーンウィーク・キャンペーン(2008)などがある。
*1 藤本敏夫 1944年兵庫県生まれ。大学時代は学生運動の指導者として名を馳せる。1981年「鴨川自然王国」を設立し、有機農を実践、普及につとめる。2002年没。妻に加藤登紀子、次女にアーティストのYaeがいる。
