土祭ーEarth Art Festa 2009 in Mashiko
イベントは、打ち上げ花火。花開いたときに現実が照らし出される
よくイベントは、打ち上げ花火と揶揄される。一発上がって何も残らない、と。しかし、花火は夜空に上がるとき、見ている私たちをも照らしだす。暗闇の中から、今を、現実を見せてくれるのだ。土祭とは、そんな打ち上げ花火のような存在だったのかもしれない。そこに誰がいるのか、どんな表情をしているのか、足元はどうなっているのかを照らし出す打ち上げ花火。
「土祭をやることで、益子の人の本当の姿を見た気がします」(大塚町長)。
人は大変な場面に遭遇したときこそ、本音が出るというもの。おそらく大塚町長自身、様々な場面で良くも悪くも人々の本性を見てきたことだろう。実際、土祭の最終的な収支は赤字。これみたばかりと、批判する人も多い。
「従来のやり方をやってきた人にとって土祭のやり方(協働とボランティア)は、今までを否定されたような感じかもしれません。モチベーションをどう持ってもらうのか、単なる精神論ではなく、自分の町を良くすることは楽しいんだという気持ちをどう湧き上がらせるのか、そんなことも考える必要があります。アートや文化イベントというのは、誰もが興味を持てるものではないのかもしれませんが、益子町が10年後にも誇れるものは、結局のところ文化しかないのではないかと思っています。土祭は、町長としてやるべきこと、益子町の進むべき方向を指し示してくれた、そう思っています」
土祭最終日、千秋楽コンサート。奄美島唄の唄者、朝崎郁恵さんがアンコールに応え、『ふるさと』を唄った。「兎追いし、かの山。小鮒釣りし、かの川……」。
ライトに照らされ表情豊かな土の壁、その奥には田んぼと里山、そして空を見上げれば、透明な光をたたえて浮かぶ満月。その場にいた観客たちは心を振るわせたことだろう。自分たちを包みこむ世界が、まさに『ふるさと』の世界だったからだ。自分たちの町は、美しく愛おしいものだと、改めて感動したに違いない。
「土祭は、まちづくりそのものだった」と大塚町長は言う。だか、そのまちづくりは、まだ最初の一歩を踏み出したばかりだ。かつてのまちづくりは、新しい道路をつくったり、建物を建てたり、さらには所得を増やすことで、住民がまた新たなモノが買えるようにと、目に見えるカタチやモノを提供することに終始していた。なぜなら、そこに幸せがあると信じていたからだ。しかし、成熟の時代に入った今、新しいモノをいくつ所有したところで、永久に満足しないことを多くの人が知っている。これからのまちづくりとは、そこに住まう人々の心の中に、「ここに生きる幸せ」とは何かのビジョンを描くことではないだろうか。それは簡単なことではない。だからこそ、見たり、食べたり、聴いたり、触れたり、汗を流し、涙を流し、怒ったり、笑ったりして、そこに感情を湧き上がらせ、ここに生きる者どうしともに気づき、ともに確認する必要があるのだ。土祭とは期せずして、そのすべてのプロセスが詰め込まれていたイベントだった。
「文化イベントとは、この町でどう生きるかの表現である」。
大塚町長がたどり着いた答えがどのように花開き、人々にビジョンを与えることができるのか。益子型まちづくりは、今まさにはじまったばかりである。
※直島 地中美術館、家プロジェクト、ホテルなどからなる、アートプログラム「ベネッセアートサイト直島」。教育関連企業ベネッセコーポレーションによる事業で、アートによる地域活性化の事例として、世界中から注目を浴びている。
※越後妻有 3年に一度新潟県十日町・津南町で開催されるアートイベント「越後妻有アートトリエンナーレ 大地の芸術祭」。新潟の自然の中や里山、廃校になった建物に現代アートを展示。2000年にスタートし、現在まで5回開催されている。
