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土祭ーEarth Art Festa 2009 in Mashiko

土祭ーEarth Art Festa 2009 in Mashiko

「土」がテーマになって気づいた益子焼の本当の魅力

土の祭と書いて、ヒジサイ。これは、京都在住の文筆家武田好史さんがつけたイベントの名前である。ヒジとは、いにしえの土の呼び名。土をヒジと昔の言葉で呼ぶことで、土に対する固定概念を打ち破り、土を通して、我々が来た道、そして現在、未来に思いを馳せてみようというのが狙いだ。
イベントの内容を大まかに説明すると以下のようになる。

  • 商店街の空き家や空き地など8箇所を利用した「土」「益子」をテーマにしたアート作品の展示
  • 土の舞台での「土(ヒジ)音楽祭」
  • 土をテーマにした「土セミナー」と益子の未来を語り合う「土会議」
  • 「朝市」「農村カフェ」「夕焼けバー」といった益子の農産物を提供する飲食・物販
  • 「フリンジ」と呼ばれる町民の企画ブース(飲食・物販など)
  • 小中学生が会場を案内するキッズアートガイド
  • 「光る泥団子づくり」などのワークショップ

テーマを「土」にしたのは、何よりもの金星である。
例えば、益子焼。先ほども書いたが、益子の人は、益子焼だけが人を呼べる資源だと思いすぎている感がある。しかし、アイデンティティである益子焼もこの10年間で売上は半減した。益子焼をどうするかという問題を益子焼だけで解決するのは、ほとんど不可能だった(当の益子焼関係者はそうは思っていないようだが)。目の前にある問題の複雑さに比べ、見ている視野が狭すぎる。そんな凝り固まった視野をやんわりと広げてくれたのが、この「土」というテーマである。
映像作品『土の人-3Portraits-』では、益子で唯一の手漉し粘土職人吉沢仁さんの仕事が紹介されていた。山から取ってきた粘土を何度も何度も水に晒し、漉し、天日で乾かしつくる手漉し粘土。大きなオールのような板で、粘土を溶かした水を混ぜる動きは、まさに人間という自然から生み出されるリズムだ。水の抵抗、繰り返しの作業にあった身体の動き、自然の理から生まれるそのリズムは、心地よさと安定感を見るものに与えてくれる。吉沢さんの粘土で陶器をつくれる益子の幸福、ファストなものづくりにはない物語の奥深さ。その一方で、この仕事が時給100円ほどにしかならないという現実。この映像から得られる豊かな情報は、益子焼をいくつ並べても見えてこないものだろう。
また、現代美術作家大田高充さんがつくった作品のひとつにこんなものがあった。田んぼの土からつくった陶器に同じ田んぼから取れた米を盛ったものだ。
「京都から来た僕にとって、益子という土地は凄いと思いました。同じ田んぼからできた器と米が、また食卓で出会う。これは益子ならではの風景じゃないでしょうか」(大田さん)。
益子焼を支える大地や職人、風土や暮らしそのものを描き出すこと。今やどこにいても、世界中の土が手に入り、陶芸家になれる時代である。益子でなくとも、益子焼と同じものをつくれるそんな時代だからこそ、ここにしかないモノの背景を語ることこそが、益子焼が益子焼である存在理由を与えてくれるのではないだろうか。昨今、注目されている「地域ブランド」という観点からも、「他にはない価値」を発見・生み出すことは、ブランディングの第一歩である。「経済効果こそがイベント開催の目的」とこうした文化イベントに批判的な人も、アートでありながらも、実は産地として価値を上げ、益子のブランド化に一役買っていると理解できれば、それほど鼻息荒くする必要もないというものだ。

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