土祭ーEarth Art Festa 2009 in Mashiko
農作物も伝統芸能も、この土地から生まれた
上記のほかにも、飛騨高山のカリスマ左官職人挾土秀平さんが監修した『土の舞台』、明治から大正期の日常を支えた益子焼の展示『民藝以前』、町内の窯元から削り土を貰い受け、再生して、小中学生と一緒につくった3000体の『益子の土人形』など、馬場さんのプランは、何層にも積み重なった益子の歴史や誇りを見事に解きほぐし、益子の価値を我々の目の前に提示してみせてくれた。こうした展示のほかに、土祭らしさを印象付けたものがふたつある。それは、「朝市」「農村カフェ」「夕焼けバー」といった、益子の農をテーマにした飲食・物販と、土舞台で夜な夜な神楽やお囃子の音色が響いた「土(ヒジ)音楽祭」である。大塚町長も農と音楽という分野までの広がりは、予想していなかったようだが、逆にこれが、益子という土地の豊潤さを目だけでなく、耳や舌、肌といった五感で伝えることができ、より深く来場者への心に印象付けることができたと思われる。また、「いままでこうした文化イベントに関わる機会のなかった農業分野の人たちを絡めることができた」ことや「馬場さんに期待した『質感』のあるイベント」(ともに大塚町長)を生み出す上でも、土というテーマを媒介に、益子の暮らしを幅広く覆い、表現できたことは、画期的なことだといえよう。
